DV夫と離婚!時短勤務で転職し、子供2人を支えるシングルマザー

                   

「考えもしなかった、まさか自分が離婚することになるとは。」

離婚から1年経った今でもそうおっしゃる今回ご紹介するシンママは、これまでフルタイム勤務で夫婦で協力して家庭と仕事の両立をはかってきたそうです。 しかし、夫のDVをきっかけに離婚。

子供2人を育てていくため、 広報職(フルタイム)からカスタマーサポート(時短正社員)へ転職して、新しい環境で活躍するシンママをご紹介します。

優しかった夫が変貌。子供が生まれ、少しの無理が積み重なりDV夫に

Nさんは、小学校2年生の長女と6歳(年長)の長男、両親の5人暮らし。

もともと大学で学科の先輩だった夫。大学時代は、ほぼ接点はなかったものの、夫は友達も多く後輩からも慕われるタイプで、私にとっても学生時代から憧れの存在でした。

卒業後、学科の同窓会で再会。現代アートが好きという共通の趣味の話題で意気投合して、1年半の交際を経て授かり婚をし、まもなく長女が誕生。

夫はとても家庭想いでした。「子どもに何か残してあげたい」と少し無理をして注文住宅を建てました。

また、夫の仕事は定時に上がれる部署だったため、勤務が終わり次第すぐに娘の保育園お迎えに行ってくれ、保育園の先生やママ友からも「マメで優しいパパね。」と言われていました。

それから間もなくして長男が誕生。

年々ちょっとしたことで怒りっぽくなる夫の態度に気になりながらも、「昨日はごめん。」とすぐに切り替えてくれるところが彼の良さだと思っていました。その当時は。

ある日、私の首にあるアザを同僚に指摘されました。

「そのアザ、どうしたの?!」

「私が床拭き掃除できてなくてさ、夫に怒られちゃったんだよね」

「どういうこと…?!」

そこで同僚に問いただされ事情を説明したところ、「それは夫からDVを受けている状況だ」と指摘されました。

私は料理が下手で、その上掃除も行き届いていない。
それが几帳面な夫の怒りに触れ、叩かれたり突き飛ばされることがありましたが、それは私が至らないせいなので仕方ないと思っていました。

それに、しばらくすると「本当にごめん、やり過ぎた。」「大丈夫だった?」と優しい声を掛けてくれるので、その度に「夫に家庭のことを手伝ってもらっている。私も、家事も仕事も頑張らなくては。」と思っていました。

しかし、夫からの指摘は日に日にエスカレート。
今思えば完全にDVでしたが、当時の私は麻痺していました。
ついに子供の前でも私に対して暴力をふるうようになっていきました。
同時期、子どもが保育園へ行き渋りするようになったのです。

ついに夫婦関係が子供にも影響~離婚へ

行き渋りが一週間続き、泣きじゃくる娘を無理やり保育園に連れていったところ、その姿を見ていた園長先生から声を掛けられました。

家庭で変わった事は無いかと聞かれ、事情を話すと、「すぐに役所の相談室へ」とアドバイスをもらいました。

そのまま役所に相談に行ったところ、そこではっきりと「夫から受けているのはDVであること」「今すぐにでも母子共にシェルター施設へ入ること」を提案されました。

(シェルター施設のことは詳細を明らかにしてはいけないらしく、記述を控えます)

そこでようやく目が覚めました。

夫から暴力を受けつつも、家族への愛情によるものだと思い込んでいたのですが、それは誤認識でした。

そのまま知り合いの弁護士に問い合わせ、離婚へ踏み切ることにしました。

私達親子は少し離れた実家に逃げ込み、そのまま住まいを移しました。
家のローンや荷物もそのままだったので、その手続きや荷物引き取り等、弁護士に同席してもらいながら事を進め、全てが終わるまでに約1年かかりました。

体重は8kg減、寿命が縮まる思いでしたが、「守るべき子どものため」と思うと、母は踏ん張れるものですね。

疲弊しきった私を支えたのは、仕事の存在

避難直後は気を張っていたものの、その後の弁護士との相談など手続きが長期化する中で、心身共に疲弊しきっていました。
それでも我が子2人の生活を守るために倒れるわけにはいかない、と自分を奮い立たせていました。

そんな私を精神的に支えたのは、実は仕事の存在でした。
出社すれば社内はいつもと変わらず稼働している。
職場で仕事に追われ、社内や訪問先で「何も変わらない私」として過ごせることが、私の心の安定を保っていました。

シングルマザーになった私~社内で時短可能なポジションへの異動

長女は小学校を転校し、長男の預け先はとりあえず無認可保育園を確保しました。

子供の居場所は無事に整えることができたのですが、現職の広報では社外とのやり取りも多く、定時を過ぎる事が多々ありました。
実家暮らしなので、長女の帰宅時間にも家に大人がいる状態でしたが、高齢で身体も不自由な両親なので負担をかけられません。

現状の働き方を継続するのは困難と判断し、「仕事は続けたいが残業ができない。」と上司に相談しました。
すると、「広報職は業務の特性上、残業対応も必須になる。ただ、社内のカスタマーサポート職なら時短勤務が可能なので、そちらへの異動はどうか。その代わり、隔週で土曜日も出社となる。」と提示してくれました。
二つ返事で異動のお願いをしました。

実のところ、退職を示唆されるかもしれない、と覚悟の上の相談でしたので、上司の提案は大変有難く、涙がでました。

もし退職してしまうと、「ほぼワンオペ育児、弁護士相談・裁判と並行しての転職活動」となるため、時間的にも精神的にも、あまりにも負担が大き過ぎます。

これまで経験したことのない職種へのキャリアチェンジでしたし、時短勤務で給与が落ちる、土曜出勤などデメリットはありましたが、今の私にとってはとてもありがたい提案でした。

土曜出勤も問題なし~捉え方次第で楽しみに

実家へ住まいを移して丸1年、カスタマーの部署に異動してもうすぐ1年。かなりの精神的負担がありましたが、ようやく裁判が終わり、離婚成立。ようやく地に足の付いた生活がスタートできているように感じています。

長女は転校先の小学校にも慣れ、長男は新年度から認可の保育園に転園できました。

隔週での土曜出勤の際は、長女にはお弁当を持たせて児童館へ行かせています。丸一日友達と遊べることが嬉しい様子。
長男は土曜保育を利用。こちらもいつもと違う教室で異学年保育になる事を楽しんでいます。

私も新しい業務に慣れ、さらに新人研修にも携わるようになりました。

このポジションだと、今までの広報職で培ったプレゼンやマニュアル作成などのスキルを生かして仕事ができるので、とてもやり甲斐を感じています。

職場という家庭以外の自分の居場所を与えて頂いたお陰で、頭を切り替えられますし、会社の為に自分ができることを考え、業務に反映し、成果を挙げることで、私自身の自己肯定感が保たれているように思います。

おわりに

「何のために働くのか」というテーマに対する答えは、人によって様々です。

仕事を選ぶ段階では、つい収入や条件等にとらわれがちですが、「自分が必要とされる喜び」や「自分の居場所」「達成感」など、本人にしか図りえないものを得ていることもあります。

今回ご紹介した事例のように、仕事が「自分らしく生きる」ことをバックアップしてくれる場合もありますね。


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